ディオール ガリアーノ期の見分け方
ジョン・ガリアーノ期のディオールとは、デザイナーのジョン・ガリアーノがクリスチャン・ディオールの服を手がけていた1996年から2011年までのこと。歴史や異国の物語を下敷きにした、華やかな服で知られています。クローゼットの奥に、少し派手な柄のディオールが眠っていませんか。
この記事では、その14年に何があったのか、サドルバッグや新聞柄がどこで生まれたのかを追います。そして、同じ一着でもお店によって査定額が変わるのはなぜか。実際に買い取り、販売している立場から解説します。
ご自宅のディオールがいつのものか分からないという方はもちろん、いただきものやご家族の服で、いつのどこのものか見当がつかないという方にとっても、手がかりになると思います。
ジョン・ガリアーノ期ディオールとは(1996〜2011年)
ジョン・ガリアーノがクリスチャン・ディオールを任されたのは1996年。最初の既製服のコレクションを見せたのは、1997年の3月でした。そこから2011年まで、14年間この家の服を作っています。
服で、物語を語っていた
彼がディオールでやっていたことを一言でいえば、服で物語を語ることです。コレクションごとに主人公と舞台を決め、そのために歴史や異国の文化を調べ上げる。ショーは発表会というより、一夜限りの舞台でした。
最初の既製服では、ピンナップガールを主人公にしています。マンダリンカラーに小さな真珠を縫い付けたドレス、スカートに入った龍の刺繍、パウダーブルーのパンツスーツ。翌年はニューヨークの屋上が舞台で、ゴミ箱とテレビアンテナと、炎を噴く煙突が置かれました。
同時に、腕のいい仕立て屋だった
華やかさの下には、必ず技術がありました。生地を斜めに裁つバイアスカットを自在に操り、体に沿って落ちる形を作ります。
例えば、ハンカチを角でつまんでぶら下げてみてください。真下に垂れるのではなく、布が斜めに伸びて、角が下がった形になります。この伸び方を利用して、体の線に沿わせるのがバイアスカットです。この記事の後半に載せた一着も、裾が斜めに落ちているのはそのためです。
当時の評価は割れていました。「やりすぎだ」という声は常にあった。それでも1990年代後半から2000年代にかけて、ファッションの話題の中心には、いつもディオールがありました。
デザイナーの名前で時期が呼ばれるのは、ディオールに限った話ではありません。マルジェラ期のエルメス、トム・フォード期のグッチも、同じ呼ばれ方をします。
コレクションに、名前がついている
ガリアーノ期のディオールには、他のブランドではあまり見ないことが起きています。シーズンが「2003年秋冬」ではなく、名前で呼ばれているのです。
中古市場の出品タイトルに、そのまま名前が書かれます。「ハードコア」「マサイ」「ストリートシック」。買う側も、その言葉で探しています。
名前が確かめられているもの
- レ・パンナップ・ド・ディオール(1997年秋冬)最初の既製服。ピンナップガールに捧げられた回だと、当時の新聞に書かれています。
- スポーツウェア・オン・ヒールズ(1998年秋冬)この回のプログラムには、銀色の紙に一語だけ「SPORTSWEAR」と刷ってありました。名前の出どころがはっきりしている、珍しい例です。
- コミュニスト・エ・コンストリュクティヴィスト(1999年春夏)赤軍の帽子と、ロシア構成主義の柄。赤・黒・白のシェブロンが並びます。
- ダン・ラトリエ・ド・モディリアーニ(1999年秋冬)舞台は画家のアトリエ。モディリアーニの絵に出てくる仮面が使われました。
- ストリートシック(2002年春夏)この名前は、当時の批評の本文にそのまま出てきます。
- ハードコア・ロマンス(2003年秋冬)ショーの直後、ガリアーノ本人が舞台裏で口にした一言が、そのまま呼び名になりました。いま国内で最も高い帯のバッグは、この名前で売られています。
- マレーネ(2004年春夏)マレーネ・ディートリッヒが主題。これも本人の発言で確かめられています。
- デュシェス・ド・ウィンザー(2011年初秋)ウィンザー公爵夫人が主題だと、当時の批評に明記されています。
ただし、市場に出回っている名前がすべて正しいとは限りません。同じ名前が2つの季に書かれていたり、別の季の名前が付いていたりします。
市場は名前を覚えていますが、それがどの季のものかまでは覚えていない。これは、この時代のディオール全体に言えることです。
14年の年表
大づかみにすると、こうなります。帯の色は、次の章で書く作風の3つの区切りに対応しています。
ガリアーノがディオールに足した3つのもの
ディオールという家は、彼が来る前から50年続いていました。カナージュの格子も、トロッターの柄も、彼より前からあります。そのうえで、彼が新しく足したものが3つあります。
サドルバッグ
1999年に生まれた、馬の鞍のような形のバッグです。いまのディオールでも作られていますが、もとはこの時期のものです。
特徴は、毎シーズン作り直されたこと。当時の批評にも「絶えず更新されるディオールのサドルバッグ」と書かれています。デニムのもの、パイソンのもの、トロッター柄のもの、新聞柄を刷ったもの、腰に回すベルト型のもの。「サドル」と一言でいっても、季ごとに別物です。
2018年から現行品としても作られているため、いま「ディオールのサドルバッグ」と言われているものには、この時期のものと最近のものが混ざっています。形が似ていても、年代はまったく違います。
新聞柄(ニュースペーパープリント)
新聞の紙面をそのまま生地に刷った柄です。ガリアーノ期を代表する意匠のひとつで、シャツ、ジャケット、ニット、スカーフ、バッグまで出ています。
あまり知られていませんが、この柄には2種類あります。2000年の初めに作られたものは、実在する新聞の紙面を刷ったもの。その1か月後の既製服では、そのショーのためだけに新聞を1紙こしらえて、それを刷っています。題字も記事も署名も、全部そのために作られたものです。
だから現物をよく見ると、紙面に書かれている中身が違います。市場では「ニュースペーパー」と一括りにされていますが、同じではありません。
ロゴを、装身具の主役にしたこと
2001年の春、彼は過去のディオールの名前を「形見」として持ち出しました。ミス ディオール、ディオール、ジャドール、ディオリッシモ。それを服や装身具の表に、そのまま大きく置いています。
いま中古市場で「J'ADORE DIOR」のロゴが入ったタンクトップやTシャツが探されているのは、このときの仕事の延長です。
逆に、トロッター柄とオブリーク柄は、この時期を見分ける手がかりになりません。どちらもガリアーノより前からあり、いまも作られています。柄の名前が分かっても、それだけでは年代を絞れないということです。
14年で、作風はどう変わったか
前半(1997〜2002年)——挑発していた時期
アフリカ、ロシア構成主義、画家のアトリエ、ニューヨークの屋上、レイヴ、ストリート。毎季まったく違う世界を持ち込みます。行儀は悪いが、やり切れるのはこの人だけだ、という評価のされ方でした。
体に沿う深紅のドレスと、斜めに流した金のチェーン
同じブランドの4年後。ラジカセを担いで歩いています
中盤(2003〜2005年前半)——いちばん厳しく言われた時期
この2〜3年は、当時の批評がもっとも厳しい時期です。「また同じことをやっている」「惰性で作っている」「この先には何もない」。そうした言葉が並びました。
柄の上に柄を重ねる組み方。厳しく言われていた時期の服です
——そして、いま中古市場でいちばん多く見つかるのも、この時期です
ところが中古市場でいちばん多く見つかるのは、この時期の品です。
海外の落札実績を集めて年代別に並べると、山ができるのは2001年から2005年のあたり。当時いちばん評判が悪かった時期が、20年後にいちばん残っている時期になっています。
後半(2005年後半〜2010年)——着られる服へ
2005年の後半から、評価が戻ります。ただし褒められ方が変わりました。前は「よくこんなものを作った」でしたが、後半は「商売として正しい」という褒め方になります。1940年代のハリウッド、軍もの、乗馬。装飾より仕立てが前に出て、日常に着られる形が増えました。
そして2011年、14年で終わります。
これは査定に直接効きます。「ガリアーノ期だから高い」ではありません。高く評価されやすいのは、前半から中盤の、柄と装飾がはっきりしているものです。後半の落ち着いた無地のものは、同じ期でも扱いが違います。
首まわりと手元——年ごとに変わる装身具
ガリアーノ期のディオールは、服だけでなく首まわりと手元にも強い意匠が出ています。当時の批評でも、ジュエリーがこの家の商品として名指しされていました。
そして、こちらも服と同じで年ごとにはっきり違うものが出ています。お手持ちのものがどれに近いか、見比べてみてください。
首から胸を覆うビーズの飾り。耳にも同じものが下がっています
腕輪は何本も重ねて着けます。箱にしまわれたまま忘れられやすい品です
- 1997〜98年 マサイ青銅色の細かいビーズを何段にも垂らした、首から胸を覆う飾り。ロンドンの古美術商が持っていたマサイの胸飾りが下敷きだと伝えられています。
- 2000年 自転車のチェーンチェーンそのものをかたどった首飾り。新聞柄と同じ年のものです。
- 2001年 迷彩とキャデラック迷彩柄、1947年のキャデラックをビーズで描いたバッグ、透明なアクリルにロゴを打った腕輪。
- 2003年 ハードコア鋏や鎖をかたどった金属の首飾り。この年のコレクションの呼び名が、そのまま付いています。
- 2004年 エジプトヒエログリフ、スカラベ(黄金虫)、ターコイズとラピスラズリ。1920年代のエジプト趣味を、そのまま呼び戻した年です。
- 2006年 トンキディオールターコイズ色の蝶。同じ年に、サドルバッグ10周年の日本限定品も出ています。
装身具は服より小さく、箱や引き出しにしまわれたまま忘れられていることが多いものです。お売りになるつもりの服と一緒に、一度出してみてください。
クローゼットで浮いている一着——手がかりは柄
年代やデザイナーが分からなくても構いません。ただ、ご自身で当たりをつけたい場合、手がかりになるのは柄です。
この時代のディオールには、とにかく柄物が多い。クローゼットの中で明らかに浮いている一着があれば、その可能性があります。
裾が斜めに落ちているのは、生地を斜めに裁っているためです。
染めのにじみと、横に走る細かい畝。
これがバイアスカットの見え方です。
ブランドが分かる目印が表に一つもないお品物もあります。ロゴも金具も付いていない。そういう一着ほど、見る場所によって差が出ます。
いま「やりすぎ」が探されている理由
海外オークションの結果をまとめて眺めていると、ひとつはっきりした傾向が出てきます。
評価されているのは、仕立ての格ではありません。
一点物のオートクチュールが、量産された既製服よりずっと控えめな価格で落札されることは珍しくありません。逆に、その時代を象徴する柄をまとった既製服が、複数のオークションハウスで最上位の結果を出し続けています。
決め手になっているのは、その一着が「あの時代のディオール」だと一目で分かるかどうかです。ガリアーノが物語を込めた服ほど、いま強く求められています。
「オートクチュールのタグが付いているから高いはずだ」という見立ては、この時代に関してはあまり当たりません。
そして、これが中盤の話とつながります。当時「やりすぎだ」と言われた時期の品が、いまいちばん残っている。過剰だったからこそ、20年たっても「あの時代のもの」だと分かる——市場が選んでいるのは、そこです。
中古市場での評価と、査定額が分かれる理由
「ガリアーノ期」と書かれていない品が、普通に流れている
当店では、市場に出ているディオールの成約データをまとめて見ています。「ガリアーノ期」と書かれた出品は、この2〜3年で急に増えました。それでも、ディオール全体から見ればごくわずかです。
大半は「クリスチャンディオール ワンピース」「クリスチャンディオール バッグ」としか書かれていません。中身が同じでも、いつのものかが書かれているかどうかで、買い手の反応は変わります。
まとめ売りをおすすめしない理由
海外のオークションでも、複数点を抱き合わせた出品では、単品なら付いたはずの値段が付いていない例が多く見られます。ブランド品をまとめて一括で査定に出すと、その中の一着だけが持っていた価値が、全体の金額に埋もれてしまいます。
自動査定では拾えない「いつの、誰の時代か」
ブランド買取店の多くは、マニュアル化された相場表とシステムで査定額を出しています。ブランド名とカテゴリ、状態のランクを入力すれば金額が出る仕組みです。
この仕組みでは、同じディオールの中で「いつの、誰の時代のものか」によって価値が変わることまでは反映されません。入力欄に、その項目がそもそもありません。
コートやワンピースのような大きな品物は、ディオールというだけでどこでも値段が付きます。差が出るのは、そこから先です。年代を見られないまま、まとめ売りの中に紛れて流れていく一着を、当店は何度も見てきました。
買取REONは、買い取った商品の販売までを自分たちで行っています。だから、その一着が最後にいくらで売れるのかが分かります。これまでに3,000件以上の販売実績があり、その積み上げが査定の根拠です。
ここまで文章で書いてきた服を、Instagramでは一枚ずつ写真で紹介しています。ガリアーノ期のディオールも、実際にお預かりした一着とあわせて順次投稿していきます。
Instagram @kaitori_reon →買った時期という手がかり
タグを見ても年代が分からない、ということはよくあります。そういうときは、いつ購入したものかを思い出してみてください。
ただし、西暦を思い出していただく必要はありません。「子どもが生まれる前だった」「あの会社に勤めていた頃だ」——そうした暮らしの記憶のほうが、年号よりよほど正確に出てきます。
1990年代の後半から2000年代にかけて買った記憶がある。あるいは、ご家族がその頃に買われたものらしい。それだけで、この時代のディオールである可能性は十分にあります。
正確な年が分からなくても構いません。「たしか、あの頃だったと思う」——その記憶だけで十分です。どの時代の、誰の手によるものか。そこから先は、当店でお調べします。
お売りになる前のご心配について
ご依頼をためらわれる理由は、だいたい次の4つに集まります。順にお答えします。
- 傷みがあっても見てもらえますか20年前後がたっている服です。裏地の傷み、ビーズやスパンコールの欠け、留め具の緩みは、たいていどこかにあります。傷みだけを理由にお断りすることはありません。
- 年代が分からなくても大丈夫ですかどの時期のものかを確かめるところから、こちらで引き受けます。ご自身で年代を突き止めていただく必要はありません。
- 査定額に納得できなかったら返してもらえますかお返しします。金額をお伝えしたあとでキャンセルしていただいて構いません。返送料も当店が負担いたします(ただし、お品物の状態が事前にお伺いした内容と著しく異なる場合は、返送料をご負担いただくことがあります。詳しくはよくあるご質問をご覧ください)。
- 1点だけでもお願いできますかドレス1着、スカーフ1枚、イヤリング1組からで構いません。むしろ、何点かお持ちでも、まとめてお出しになる必要はありません(理由はまとめ売りをおすすめしない理由のとおりです)。
福知山での買取方法
福知山市・綾部市・舞鶴市・宮津市・与謝野町・丹波市(兵庫)へお伺いしています。日程は事前にご相談のうえ調整いたします。
お品物を運び出す必要がありません。衣類・バッグ・小物・美術品などが対象です(家具・家電は承っておりません)。
遠方の方は宅配買取をご利用ください。送料は当店が負担します。梱包材はお手数ですがお客様のほうでご用意をお願いしています。
いずれの場合も、まずはお写真をお送りいただければ、おおよその金額をお伝えできます。年代が分からないままで構いません。「これは値段が付かないと言われた」というお品物こそ、一度ご相談ください。
同じ一着でも、どこに出すかで結果は変わります。長くしまわれていたものほど、一度見せてください。