トム・フォード期グッチを売るなら
傾いていたブランドを10年で建て直し、その10年のあいだに、まったく違う服を作った人でした。いま探されているグッチの多くは、この時期のものです。
トム・フォードがグッチの服を決めていたのは、1994年から2004年までの10年間でした。この記事では、その10年に何があったのか、どんな服を作ったのか、そしてなぜ同じ一着でもお店によって査定額が変わるのかを、実際に買い取り、販売している立場から説明します。
トム・フォードがグッチで何をしたか(1994〜2004年)
彼が任される前のグッチは、経営が傾いていました。一族の争いが続き、会社そのものが売りに出されるところまで行っています。名前は残っていても、服が注目される状態ではありませんでした。
では、彼は何をしたのか。服に、その時代の空気を持ち込んだこと——これに尽きます。
ベルベット、レザー、深く開いた襟。装飾を削るのではなく、逆に、はっきりと目に残るものを作っています。90年代の後半、グッチはミラノでもっとも強い名前になりました。
これは彼ひとりの仕事ではありません。経営を預かっていたドメニコ・デ・ソーレとの二人三脚で、会社は10年足らずで立て直っています。1990年代の終わりには、大手の資本がグッチの買収をめぐって争うところまで来ました。彼が任された時点の状態を思えば、大きな逆転です。2000年からは、同じグループのイヴ・サンローランのデザインも兼ねています。
ただし、最初のコレクションは評価されませんでした
デビューは1994年の秋、ミラノでした。
当時のフォードはまだ無名で、会場に人を集めるのにも苦労したと伝えられています。そのコレクション自体も、成功したとは言えないものでした。後年、フォード本人が厳しく振り返っているとも言われています。
流れが変わったのは、そのわずか半年後です。
流れを変えたのは、次の秋冬のコレクションです
同じデザイナーの、半年違いの仕事でした。それが、まったく違う反応で迎えられます。
深く開けた、宝石のような色のサテンのシャツ。腰の位置で穿くベルベットのパンツ。馬具の金具が付いたローファー。いま「トムフォード期のグッチ」と言われて多くの人が思い浮かべるのは、このときの服です。
決定打になったのは、その年の音楽賞の授賞式でした。マドンナがこのコレクションの一着を着て現れ、フォードの名前は一気に知られることになります。グッチは「昔からある高級ブランド」から、「いま着たい服のブランド」に戻りました。
この落差は、いまの市場にもそのまま残っています。
「トムフォード期」とひとくくりにされますが、10年は長い時間です。同じ期の中でも、探されかたと値の付きかたは、時期によってはっきり違います。
彼は、グッチに元からあったものを使い直しました
馬具の金具、竹の持ち手、組み合わせた頭文字。どれもトム・フォードが考え出したものではなく、それ以前からグッチにあった意匠です。
彼はそれを、懐かしいものとして飾りませんでした。その時代の服に、そのまま付け直しています。古くからある金具が、腰で穿くパンツやサテンのシャツと並んでいる。だからトムフォード期の品は、20年以上たったいま見ても、古いものというより「その頃の新しい服」に見えます。
10年のあいだに、まったく違う服を作っています
前半、1990年代のグッチは、ベルベットとレザー、そしてロゴを大きく見せる服でした。毛足の長いファーの短いコート、光沢のある生地の長いドレス。90年代の終わりに近づくと、ヘビ革の柄、レザーのパンツ、金色のコートといった、さらに強いものが出てきます。
後半、2000年代に入ると作風が変わります。ミリタリーの要素と、大きなポケット。かと思えば、細いパンツと三つボタンのジャケットで、逆に体の線まで締めた時期もあります。極端に太いパンツ、生成りのスエード。終わりのころには、胴を締めるコルセットのベルト、大きく立った襟、膨らんだ袖といった、はっきり強い形に向かいました。
ここまでは主に女性物の話です。男性物も、同じ10年のあいだに大きく振れています。90年代の半ばは、タックのない細いパンツと、着丈を詰めたジャケット。とにかく細く、長く見せる形でした。それが90年代の終わりに反転します。ラペルも肩もパンツも、いっぺんに広くなりました。彼が自分の代名詞にしていた「体の線」を、自分で外したことになります。
10年前と10年後では、同じブランドの服には見えません。「トムフォード期」という一語だけでは、値段は決まらないということです。
着物と帯が、そのまま服になった時期があります
2000年代の前半、彼は自分の発想の出どころのひとつに、日本で買った古い着物を挙げています。
ジグザグの織り模様の、着物のようなジャケット。それを帯のようなベルトで締める。手描きのシルクの帯を継いだドレス。日本の意匠が、たとえではなく形そのものとして出ている時期です。
この時期の品は、日本のお客様のお手元に残っていることが少なくありません。「グッチなのに着物のような柄だった」という覚え方をされている方もいらっしゃいます。
最後の年、彼は自分の10年を並べ直しました
2004年、フォードはグッチを去ります。
最後のコレクションで彼がやったのは、新しいものを出すことではありませんでした。この10年のあいだに評価された自分の服を、もう一度作り直して並べたのです。流れを変えたあのベルベットのジャケット。よく売れた白いコート。順に、しかし前より強く。
この10年が、ひとつの時代として区切られている理由は、ここにあります。
デザイナーが替われば服も替わります。けれどトム・フォードの場合は、本人が最後に自分の10年をまとめて見せました。だから20年たったいまも、中古の市場で「トムフォード期」という言葉が使われ続けています。
ここまで文章で書いてきた服を、Instagramでは一枚ずつ写真で紹介しています。トムフォード期のグッチも、実際にお預かりした一着とあわせて順次投稿していきます。
Instagram @kaitori_reon →「トムフォード期」と書かれていない品が、普通に流れています
当店では、市場に出ているグッチの成約データをまとめて見ています。
その中で、年代がはっきり書かれている出品は、全体の1〜2割ほどでした。残りの大半は「グッチのコート」「グッチのシャツ」としか書かれていません。
実際に、年代の記載が一切ないまま出ていた一着を調べたところ、内側の表示から2003年のものだと確認できたことがあります。値は、年代を明記して売られている同種の品より、はっきりと下でした。
つまり、正しく年代を見られないまま流れている品が、確かにあります。
素材の名前が付いていない品ほど、見る場所で差が出ます
ムートン、レザー、ファー。素材の名前がはっきりしている品は、どこに持って行っても値が付きます。誰が見ても分かるからです。
難しいのは、ウールのコートやシャツのような、素材では目立たない品です。
業者間の取引では、こうした品は「ただのウールのコート」として扱われがちです。けれど最後にお客様の手に渡るとき、それがいつのグッチなのかを見ている買い手がいます。
同じ一着でも、見る場所によって扱いが変わる。この差が、そのまま査定額の差になります。
入力欄が「ブランド」「カテゴリ」「状態」しかない査定では、先ほどのコートは「グッチのコート」という1行で終わります。それがいつのものかを書く欄が、そもそもありません。
状態の見方も同じです。年代としては価値のある一着でも、袖口の汚れやわずかなツレがあるだけで、値を大きく落とされることがあります。当店では、状態を理由に一律でお断りすることはしていません。
買取REONは、買い取った商品を自分たちで売っています。同じグッチでも、年代が書かれている品とそうでない品とで、買い手の反応がどう違うか。売り場でそれを見てきたことが、そのまま査定の根拠になっています。
トムフォード期かどうか分からないときは
グッチは100年以上続くブランドです。馬具の金具も、竹の持ち手も、組み合わせた頭文字も、何十年にもわたって使われ続けてきました。見た目の特徴だけで年代を絞るのが難しいのは、そのためです。
手がかりになるのは、買った時期のほうです。ただし、西暦を思い出していただく必要はありません。「子どもが生まれる前だった」「あの会社に勤めていた頃だ」——そうした暮らしの記憶のほうが、年号よりよほど正確に出てきます。
この10年は、日本でグッチがよく売れた時期でもあります。ご自身が買われたものでも、ご家族が買われたものでも構いません。「あの頃のものだと思う」というところまで分かれば、そこから先はこちらでお調べします。
買取の方法
福知山市・綾部市・舞鶴市・宮津市・与謝野町・丹波市(兵庫)へお伺いしています。日程は事前にご相談のうえ調整いたします。
お品物を運び出す必要がありません。衣類・バッグ・小物・美術品などが対象です(家具・家電は承っておりません)。
遠方の方は宅配買取をご利用ください。送料は当店が負担します。梱包材はお手数ですがお客様のほうでご用意をお願いしています。
いずれの場合も、まずはお写真をお送りいただければ、おおよその金額をお伝えできます。シャツ1枚、ニット1枚からでも構いません。「これは値段が付かないと言われた」というお品物こそ、一度ご相談ください。
その一着が、いつのものだったのか。きちんと見つけられますように。