エルメス マルジェラ期の見分け方
マルタン・マルジェラ期のエルメスとは、マルタン・マルジェラがエルメスのウィメンズを手がけていた12シーズンのことです。ロゴも装飾もない服が、いま静かに探されています。
この記事では、彼がエルメスで何をしていたのかを追います。当時の批評家はそれをどう書いたのか。名前が付いているのはどんなアイテムか。そして、20数年たったいま評価が変わったのはなぜか。できるだけ当時の記事に沿って書きます。買い取って、値を付けて、買い手に渡すところまでを自分たちでやっている立場からの文章です。
「クローゼットにあるあの一着が、その時期のものかもしれない」という方はもちろん、年代もブランドも分からないまま、処分を迷っているという方にも読んでいただけるように書きました。
マルジェラ期エルメスとは
12シーズンの年表
マルタン・マルジェラがエルメスのウィメンズを任されたのは1997年です。ただし、彼の作った服が世に出るのは翌年から。最初のコレクションは1998年秋冬で、発表は1998年3月。最後は2004年春夏で、発表は2003年10月。ちょうど12シーズンです。
ですから「1997年のエルメス」として紹介されている服は、彼の手によるものではありません。就任の年と、服が出た年がずれている。ここは年号だけで判断すると取り違えます。
12シーズンを、批評の受け止め方で色分けしました。厳しかったのは最初の2季と、終わりの3季です。
ウィメンズだけ、という線引き
彼が手がけたのはウィメンズだけです。同じ年代のメンズはヴェロニク・ニシャニアンによるもので、マルジェラは関わっていません。年代が重なるというだけで「マルジェラ期」として並べられているものを時々見かけますが、私たちはここを分けて考えています。
柄物という、もうひとつの線引き
年代が重なるだけ、というものがもうひとつあります。スカーフの柄をそのまま服にしたシルクのブラウスやシャツです。中古市場では「マルジェラ期」として並びますが、これも彼の仕事ではありません。
エルメスのカレ(スカーフ)の柄は、社外の画家に依頼して作られます。ヴァンダンジュ、レ・ゾワゾー・デ・ジル、ミトロジー・デ・ゾム——柄には名前があり、描いた人の名前も残っています。この仕事を統括していたのは、当時の当主ジャン=ルイ・デュマでした。ウィメンズの服とは、別の部署の仕事です。
マルジェラ自身は、スカーフの柄を服に使うことを断り続けました。後任のジャン=ポール・ゴルチエは、就任前のインタビューで「私はスカーフとプリントを使う」と話しています。批評家のスージー・メンケスも、ゴルチエの初回を評して「前任のマルタン・マルジェラは、エルメスのスカーフのプリントを発展させなかった」と書きました。前任者が使わなかったから、わざわざ言えることです。
在籍6年で彼が作ったスカーフは、2001年秋冬の無地のロザンジュ1本だけです。細長い菱形で、柄を全部剥ぎ取って、縁の一本線だけを残した形でした。
面白いのは、同じ2001年の春夏のコレクションにも、同じ考え方が出ていることです。黒や白の無地の身頃に、前立てや脇に沿って反対色の細い一本線だけを入れた服が、続けて何着も出てきます。無地の面に、線を一本。その年、彼は服とスカーフの両方で同じことをしていました。
無地の面に、線を一本。同じ年のスカーフと同じ考え方です
柄に手を出した数少ない例。同じ布の幅広い腰帯が付きます
ですから「無地なのに、縁や切り替えのところだけ色が違う」という一着は、この時期のものである可能性があります。
ただし、柄に手を出した例があります。2000年春夏の、白地にネイビーの細いピンストライプのブラウス。2001年春夏の、胸の上でX字に交差させる太い縞のシルクの帯。2003年春夏の、ネクタイのような極小の総柄を使ったホルタートップ。そして最後の2004年春夏の、白と黒の幾何柄のクラヴァットです。
このうち2003年春夏のものは、一点ものではありませんでした。グレーと生成りの2色があり、首の後ろで吊るすホルターのほかに丸首の袖なしもあります。共通しているのは、同じ布で作った幅の広い腰帯が付くことです。柄のほうを覚えておくと、形が違っても気づけます。
ですから「マルジェラ期は無地」という覚え方は、大半には当たりますが、最後の2シーズンには当てはまりません。逆に言えば、ネクタイのような極小の総柄や、白と黒の幾何柄のクラヴァットは、それだけで最後の2年を指す手がかりになります。
デビューを飾った、2つのショー
1998年3月、彼は2つのコレクションを発表しています。ひとつはエルメスでのデビュー。もうひとつは、自分自身のメゾンのものです。
エルメスのほうは、旗艦店の店内でした。革の鞍とシルクのスカーフの脇を、モデルが歩いていきます。歩いたのは40代、50代の元モデルたち。音楽はエリック・サティと、カトリーヌ・ドヌーヴが自分の仕事について語る声でした。
自分のメゾンのほうは、パリの中心から30分離れた場所で、夜11時。服を着ていたのは、巨大なマリオネットでした。
同じ人が、同じ週に、これだけ違うものを出しています。
中古で「マルジェラ」と聞くと、切りっぱなしの、脱構築された服を思い浮かべる方が多いのですが、エルメス期はまったく別の顔です。無地で、きちんと仕立てられていて、キャメルやグレーです。同じ設計者の、別の仕事だと思っていただくのがいちばん近いと思います。
無地のキャメル。切りっぱなしの服を思い浮かべていると、これがマルジェラだとは結びつきません
歩いたのは40代、50代の元モデルたち。この演出が、次の章の批評につながります
経年を価値の側に置いた演出
デビューのショーを、スージー・メンケスがこう書いています。
エルメスの旗艦店の中を、革の鞍とシルクのスカーフの脇を通って歩いていたのは、その美しさに性格を与えるだけの、年齢の淡い艶を顔にたたえた女性たちだった——ちょうど、彼女たちの使い込まれたケリーバッグのように。
インターナショナル・ヘラルド・トリビューン 1998年3月11日
経年を隠すのではなく、価値の側に置く。ショーの組み立てからしてそうでした。中古を扱っている身としては、この一節にいちばん励まされています。
ちなみに2000年春夏のショーでは、ジェーン・バーキンがランウェイを歩いています。自分の名前が付いた鞄は、持たずに。
留め具のない設計
マルジェラ期の服には、留め具がほとんど出てきません。ジップやファスナーを使うことが少なく、コートも前を留めない仕立てのものが多い。ポケットは表地と裏地がつながったまま作られています。
金具で身体を固定するのではなく、素材の重さと落ち方で形を決める。
たとえば、カーテンを思い浮かべてください。上で吊っているだけなのに、布そのものの重さで襞ができて、形が決まります。この時期の服の作り方は、それに近いものです。実際に手に取ると、重量があるのに、着た姿は不思議と軽く見えます。
前を留めない革のコート。金具ではなく、革の重さだけで形が決まっています
本人が「コンフォート・カシミヤ」と呼んだ型。肩から下がそのまま落ちています
2季目にあたる1999年秋冬について、彼は自分の長いカシミヤのプルオーバーを「コンフォート・カシミヤ」と呼んだと記録されています(ニューヨーク・タイムズ 1999年3月10日)。匿名を通した人なので、本人の言葉はほとんど残っていません。その数少ないひとつが、着心地の話でした。
批評家の評価、4つの段階
デビューの評は、厳しいものでした。メンケスは「エルメスにとって有機的なショーだった」と認めながら、同じ段落でこう続けています。脱構築された服でポスト・ヤッピー世代の急進的な精神を表現していた、あの尖った、怒れるマルジェラは、そこにいなかった——と。
ところが1年後、メンケスは折れます。「この家での静かな出だしのあと、このコレクションで、マルジェラはエルメスにおける自らのルックを、気高く上品なクラシックへと、首尾よく進化させた」(同紙 1999年3月10日)。
5年目には、別の批評家が飽きたと言い出します。キャシー・ホーリンは、どの季も同じことの繰り返しに見える、という趣旨のことを書いています(ニューヨーク・タイムズ 2002年10月8日)。
そして最後のショーの評。「マルジェラはエルメスにおいて、モダニティへのファッション上の突破を一度も成し遂げなかった」。6年間の総括が、これでした。
ただし同じ記事の中で、彼女はこうも書いています——顧客は、その着られる服をいくらでも欲しがった、と。批評家は最後まで物足りないと言い続け、その服を着る人たちは買い続けた。この6年は、ずっとその形をしていました。
反復の中身——「2着で1着」とライナーコート
繰り返している、という指摘は、事実としては当たっています。深いV字の開きを持つ「ヴァルーズ」は12季すべてに出てきますし、半袖のセーター、ゆったりしたトラウザー、着方を変えられるアウターも同じです。
ただ、彼がやっていたのは焼き直しではありませんでした。
「2着で1着」——外から手を入れると、内側のポケットに届く
内側のコートにパッチポケットがあり、外側のコートの同じ位置にスリットが入っている。外から手を入れると、内側のポケットに届く。この構造は1999年秋冬に現れ、3年後の2002年春夏に、まったく違う素材でもう一度作り直されています。カシミヤで解いた問いを、裏地のないリネンで解き直した、ということです。
同じ問いを、素材を変えて何年も解き続けていた。批評家が退屈と呼んだものは、そういうものでした。
ここは、査定に直結します。
外側のコートに入っているスリットは、破れでも虫食いでもなく、仕様です。傷んでいると思って処分される前に、一度ご覧に入れてください。
ライナーコート
「内側の一枚」という発想そのものは、デビューの季から出ています。ライナーコートがそれです。軍用コートの内側に入っている中衣(ライナー)から起こした、襟のない一枚で、縁にパイピングが入り、パッチポケットが付いています。
一見すると、飾りのない薄手のコートです。ですがこれは名前で探されている型で、名前が付いたまま流通しています。お手元にあるものが「ただの無地のコート」に見えても、そのまま処分されないほうがいい一枚です。
「静かな贅沢」という言葉の順番
クワイエット・ラグジュアリー。ステルス・ウェルス。ここ数年の言葉に見えます。
1999年、メンケスはマルジェラのエルメスをこう書きました。「エルメスはファッションに対して別の解を持っている——ステルス・ウェルス(隠れた富)だ。服はささやくように静かだが……」
同じ人が2004年にも「クワイエット・ラグジュアリー」を使っています。そして2026年、別の批評家が、マルジェラ期エルメスの服に対して、また「ステルス・ウェルス」と書きました。
27年かけて、言葉のほうが服に追いついたことになります。当時「地味だ」と言われたことと、いま探されている理由は、まったく同じものです。
店で始まり、店で終わった6年
最後のショーは2003年10月。会場は、またエルメスの店の中でした。サウンドトラックは、女性の属性を並べ続ける、終わりのないフランス語のリスト。デビューが声で始まり、最後も声で終わっています。
最後の一着が店を去ったあと、当主のジャン=ルイ・デュマはこう言いました。「少し寂しい」。
辞めた理由は、いまも分かっていません。分かっているのは、契約が2003年10月に満了する予定だったことと、その年の春の時点でエルメスの側が後任を探し始めていたことだけです。
現存数が少ない理由
後任の人事が報じられたとき、記事にこう書かれていました。エルメスのアパレルは、全売上の15%にすぎない、と。しかもその中でウィメンズのプレタポルテは一部です。6年ぶんあっても、作られた総量はそれほど多くありません。
そこに、見つけてもらえないという事情が重なります。ロゴがなく、柄もなく、見ただけでは年代が読めない。持っている方がエルメスだと分かっていても、「たいしたものではないだろう」と判断されたまま、クローゼットに置かれていることがあります。
名前が付いている小物3点
小物は、単体で見ると何なのか分かりません。服と一緒に出していただきたいものを挙げます。いずれも名前が付いた型です。
ポケットベルト
腰の左右から、丸みのある大きな垂れ蓋が一対で下がります。2000年春夏のもので、18世紀のドレスに付けられていた着脱式のポケットから来ています。
気をつけていただきたいのは、これが袋物ではないということです。左右それぞれにジップの入った平たいポケットが付いていますが、厚みは1センチほどで、ふくらみはありません。ベルトから吊る作りなので、ベルトから外れていると、革の切れ端のように見えます。
市場では「ウエストポーチ」「ウエストバッグ」「ベルトバッグ」と呼ばれて出ていることが多いのですが、本来の名前はポケットベルトです。お手元にあるものが袋物でなくても、それで正しい形です。
乗馬ブーツ
白いキャンバスの筒に、革の足元がついたものです。2002年春夏のもので、膝の上に革のベルトを回して留める作りになっています。単体だと「ブーツカバー」や「ゲートル」に見えます。ベルトが別に付属していることがありますので、あわせてご確認ください。
バンドー
光沢のある、幅の広い黒革のカチューシャです。これも2002年春夏のもので、幅が6〜7センチほどあります。ヘアアクセサリーの箱に紛れていることがあります。
服だけを箱に入れて、こういうものは残してしまう。よくあることです。一緒に写真に入れておいてください。
型が値段を決める理由——ヴァルーズとアピベルト
当店が実際に扱った2着です。どちらもマルジェラ期のエルメス、どちらも同じサイズ、どちらもフランス製。
「ヴァルーズ」
カテゴリだけで見れば、ロングコートのほうが大物です。ところが最後に高く買い手へ渡ったのは、右のプルオーバーのほうでした。
ヴァルーズは、もともと漁師や船乗りが着ていた、頭からかぶる仕立てのことです。彼はこの型を12季かけて作り続けました。シャツ、ニット、ワンピース、ジレ。形を変えても値が崩れないのは、型の名前そのもので探されているからです。
同じことがアピベルトのコートにも言えます。2000年秋冬の型で、こちらも名前で探されています。カテゴリの上では「ウールのコート」としか書きようがないものが、型の名前が付いた瞬間に別の扱いになります。
この差は、ブランドとカテゴリを選んで金額を出す形の査定には、まず出てきません。「ヴァルーズ」という言葉を入れる場所がないからです。当店は買い取った品を自分たちで売っているので、どちらが最後にいくらで渡ったかを見ています。値付けは、その実感から出しています。
年代が分からないときの手がかり
エルメスは長く続いている家です。同じ品名の服が年代をまたいで作られていることもあり、見た目だけで絞るのは、正直なところ簡単ではありません。
手がかりになるのは、買った時期のほうです。西暦でなくて構いません。「上の子が小さかった頃」「まだ前の家に住んでいた頃」——そういう記憶のほうが、年号よりよほど正確に出てきます。
1990年代の終わりから2000年代のはじめ、というあたりに心当たりがあれば、それで十分です。タグが取れていても、そのままで構いません。あとはこちらで調べます。
買取の方法
福知山市・綾部市・舞鶴市・宮津市・与謝野町・丹波市(兵庫)へお伺いしています。日程は事前にご相談のうえ調整いたします。
お品物を運び出す必要がありません。衣類・バッグ・小物・美術品などが対象です(家具・家電は承っておりません)。
遠方の方は宅配買取をご利用ください。送料は当店が負担します。梱包材はお手数ですがお客様のほうでご用意をお願いしています。
どちらの場合も、先にお写真を見せていただければ、おおよその金額をお伝えできます。ニット一枚、ベルト一本からでも構いません。この時期の服は、よそで値が付かなかったという話をとくによく伺います。そういうお品物こそ、一度見せてください。
この時期の服でいちばん多いご相談が、「ロゴも型押しもないので、エルメスだと信じてもらえないのではないか」というものです。タグが取れていても、箱や保証書がなくても構いません。仕立てと素材の側から見ますので、そのままの状態でお見せください。
一点ずつ見て、値が付いたものも付かなかったものも、理由をお伝えします。キャンセルや返送の扱いについてはよくあるご質問にまとめています。
声の小さい服が、きちんと聞き取られますように。