ダニエル・リー期ボッテガ・ヴェネタを売るなら
ダニエル・リー期のボッテガ・ヴェネタとは、2018年から2021年まで、デザイナーのダニエル・リーがこのブランドの服と鞄を手がけていた3年あまりのこと。ロゴをひとつも出さないまま、編み込みの大きさと色だけでブランドが見分けられるようになった時期です。
この記事では、この3年に生まれた形の名前、作風が動いた順番、そしてお手元の品がダニエル・リー期のものかを確かめる手がかりを書きます。ボッテガ・ヴェネタの服や鞄をお持ちで年代が分からないという方はもちろん、この3年のデザインそのものを追いかけている方にも読んでいただける内容です。
ダニエル・リー期ボッテガ・ヴェネタとは?
前任の17年と、止まっていた成長
リーの前は、トーマス・マイヤーが17年にわたってこのブランドを手がけていました。控えめで、上品で、静かな服です。長く売れ続けましたが、近年はその伸びが止まっていました。
鞄が売上の85%を占めるブランドに、プレタポルテのデザイナーが呼ばれた
ここで押さえておきたい数字がひとつあります。当時、このブランドの年間売上の85%は鞄が占めていました。革の編み込みで知られたブランドですから、当然といえば当然です。
そこへ来たのが、プレタポルテのデザイナーでした。前の職場はセリーヌ。フィービー・ファイロの下で服の部門を率いていた人で、名前を知る人はほとんどいませんでした。
任された範囲は鞄と革小物にとどまりません。服、靴、宝飾、家具、香水、眼鏡まで。売上の85%を鞄が占めるブランドで、服を作ってきた人が鞄まで含めてすべてを決めることになった——これがはじまりの状況です。
就任から1年ほどで、既製服の売上は大きく伸びました。彼が去る直前の四半期も、前の年を上回っています。
空気が変わった、最初のランウェイ
全身を革で覆った上下
最初のコレクションはショールームでの発表でした。翌年2月、ミラノで初めてのランウェイを行います。ここで空気が変わりました。
全身を革で覆った上下。小さな四角に切り抜いた革をつないだスカート。キルティングした細身のコートに、鎖のベルト。当時の評には、やりすぎだという指摘もありました。股のところを装飾用の鎖で留めるスカートは凝りすぎだ、全身革の上下はそのまま過ぎる、と。
前のボッテガよりも、行儀が悪かった
それでも同じ評は、前のボッテガよりも、そして彼が前にいたブランドよりも行儀が悪いと書いたうえで、その変化を歓迎しています。17年かけて積み上げられた「行儀のよさ」は、3年で置き換えられました。
ロゴを出さずに見分けさせた3つのもの
このブランドには古い社訓があります。「自分のイニシャルだけで十分」。頭文字も紋章も出さない、という意味です。ロゴを使わずに、どうやって見分けがつくようにするか。答えになったのが次の3つでした。
マキシ・イントレチャート——編み込みを大きくする
元からあった革の編み込み(イントレチャート)を、極端に大きくしました。本人はのちに「爆発させた」と笑いながら話しています。目が細かく上品だった編み込みが、太く、粗く、はっきりした格子になりました。狙いどおり、通りの向こうからでも分かります。
パウチとスクエアトゥ
形の名前も生まれました。腕に抱えるように持つ、枕のような形の鞄がパウチ。つま先を四角く切り落とし、丸く膨らませた靴がスクエアトゥです。この2つは、発表から1年もしないうちに百貨店が在庫を切らす状態になりました。ロゴをひとつも付けずに、形の名前だけで指名買いされる品になったということです。
ボッテガ・グリーン
3つ目は色です。彩度の高いライムグリーンが、ほとんど一夜にして「ボッテガ・グリーン」という呼び名で通じるようになりました。ブランドがひとつの色を自分のものにするには、ふつう何年もかかります。ロゴを出さないブランドが色で見分けられるようになった——古い社訓と一直線につながる出来事でした。
ブランドの立て直しかたは、ひとつではありません。トム・フォード期のグッチは、逆にロゴと過去の意匠を前面に出して10年で建て直しました。並べて見ると、この3年がどれだけ違う道を選んだかが分かります。
編み込みが変わった三段階
編み込みの扱いは、3年のあいだに三段階で動いています。
一段階目——大きくする
目を極端に粗くして、遠くからでも見えるようにしました。
二段階目——膨らませる
編んだ革に中綿を入れ、空気を含んだような厚みを持たせています。鞄ではカセットがこの形です。同じ手つきで、光沢のある革のコートも作られました。
三段階目——裏地をなくす
革の紐を両面仕上げにして、裏地を付けずに縫っています。外から見える編み目と、内側から見える編み目が、同じ精度で揃っているということです。
三段階目が、この期をいちばんよく表しています。ふつうは見えない場所を、見える場所と同じ手間で作る。例えば、鞄の口を開いたときに、外側と同じ編み目がそのまま内側にも続いている——買う人が気づかないかもしれない場所に、いちばん手が掛かっているということです。
後半には、この姿勢が数字で公開されます。ガラスの粒を手で編み込んだドレスは1着あたり百数十時間から二百数十時間、白黒の縞のコートは刺繍機で数百万針、羽根の刺繍には百時間以上。手間を隠さず、表現する側に回りました。
男性物と女性物の関係
最初は、男性物のほうがスポーティだった
最初のコレクションでは、女性ものと男性ものではっきり性格が違いました。女性ものが黒のジャケット、キャメルのコート、絹のブラウスといった落ち着いた組み立てだったのに対し、男性ものはずっとスポーティです。肘に立体の切り替えを入れた革のジャケット。膝に同じ処理をしたスウェットのパンツ。仕立てた上着の代わりに置かれた、大きめの厚手カシミアのシャツ。
途中から、男女を分けなくなった
この差は、途中からなくなっていきます。後半は男女を分けず、ひとつのコレクションとして発表するようになりました。
作風そのものも動いています。前半は硬く、構築的でした。革、仕立て、はっきりした輪郭。後半は手ざわりのほうへ移り、極太の糸で編んだニットや、粒を手で編み込んだ布が主役になります。
日常の服の形式を、いちばん高い技術で作る。3年を通して変わらなかったのは、この一点でした。
ミラノの日程から降りた3年目
ロンドン、ベルリン、デトロイト
2020年、リーはミラノの発表日程から降りることを決めます。決められた時期に決められた場所で見せるのをやめ、好きな街で、少人数の、居間のような規模のショーを行う形に変えました。
1回目はロンドンでした。客席を舞台の上に作り、光と音に包まれた中を、間隔を空けて並べた椅子の間を縫うようにモデルが歩いています。2回目はベルリンのクラブ。3回目はデトロイトの、かつて映画館だった建物でした。1920年代、自動車産業の好景気のさなかに四千席を超える規模で建てられ、街が衰退した70年代には立体駐車場に改装された建物です。
なぜデトロイトだったのか。理由は本人が2つ話しています。ひとつは「自分の出身の街も、国の工業地帯の中心だった。だから通じるものを感じる」。もうひとつは、その街がテクノの生まれた場所で、自分はその音楽を聴いて育ったから。
SNSのアカウントを消した
この3回のうち、1回目と2回目のあいだにあたる2021年の初めに、彼はブランドのSNSのアカウントをすべて消しています。フォロワーが数百万人いたアカウントでした。ブランドからの説明はありません。
コレクションスケジュールから降り、それから画面から降りた。「自分のイニシャルだけで十分」という古い社訓を、ここまで押し進めた3年でした。
退任の経緯と、12のコレクション
3回目のショーから1か月足らずで、ブランドは彼との別れを発表します。2021年の11月です。
発表は、アメリカの大きな賞の授賞式の数時間前でした。彼はその年、男女2つの部門にどちらも候補として名前が挙がっています。2週間後にはロンドンの賞でも候補でした。業績も良く、退任直前の四半期は前の年を上回っています。
ブランド側の発表は「双方の合意による」というものです。理由の説明はありません。デザイナーの交代は事前に噂が流れるのが普通ですが、このときは流れませんでした。後任のマチュー・ブレイジーが発表されたのは、その5日後です。
就任から退任まで、3年と数か月。この間に発表されたコレクションは12あります。
この時期の品を見分ける手がかり
鞄は、形の名前で呼ばれる
鞄から書きます。このブランドの鞄は、形の名前で呼ばれます。誰が作ったかは、ほとんど書かれません。
そのため、いま市場に並んでいる編み込みの鞄には、20年以上にわたる3人の作り手の仕事が、同じ棚に混ざっています。2000年代初めに生まれた形も、この3年に生まれた形も、その後に生まれた形も、見た目は同じ「編み込みの鞄」です。
手がかりになるのは、その形の名前です。この3年に生まれたのは、パウチ、カセット、アルコ、ジョディ。いちばん古くからある「カバ」は2000年代初めの、前任者の仕事です。名前が分かれば、いつの仕事かも分かります。
服は、5つの目印で見る
服のほうが、まだ見分けられます。目印になるのは、例えばこういうところです。
- V字上着の留め具、ポケットの形、後ろ身頃の切り替え。最初のコレクションから繰り返し出てきます。
- 編み込みの目の大きさ細かく上品なら、それ以前のものである可能性が高くなります。
- 色彩度の高いライムグリーン。この3年に、ブランドの色として定着しました。
- 裏地の作り裏地を付けず、内側にも同じ編み目が出ているもの。
- 腰の膨らみ詰め物で腰まわりを張り出させた形。この時期に集中しています。
3年前後という新しさが、そのまま手がかりになる
そして、この時期ならではの手がかりがもうひとつあります。2018年から2021年という、そう遠くない話だということです。
90年代や2000年代の品だと、いつ買ったかを思い出していただくのが難しいことがあります(年代の分からない品をどう辿るかは、ガリアーノ期ディオールの記事にも書きました)。けれどこの3年のものなら、購入時の控えや注文の記録が残っていることが少なくありません。買われたお店が分かるだけでも、絞り込みはずいぶん楽になります。
ここまで挙げたどれも分からなくても、まったく問題ありません。お写真だけ送っていただければ、あとはこちらで突き合わせます。
編み込みの目の大きさも、裏地の作りも、写真のほうが早く伝わります。Instagramでは、実際にお預かりした一着を一枚ずつ紹介しています。
Instagram @kaitori_reon →中古市場での評価と、鞄に偏る需要
高く扱われやすいのは、どんな品か
当店では落札の記録を集めて数えています。そこから見えるのは、まずカテゴリによる差です。国内のオークションで上位に並ぶのは、ほとんどが鞄と革小物でした。服はごくわずかで、そのなかで強いのは革やムートンの上着——素材の名前がはっきりしているものです。ニットやシャツは、作りが良くても上位には入ってきません。
見る場所によって、主役の品も呼び名も変わる
同じブランドでも、どこで売られているかによって並ぶ品が違います。国内のオークションでは鞄が主役ですが、海外の衣類中心の取引所では、いちばん上に来るのが革の上着です。
呼び名も変わります。国内は、オークションでもフリマでも、書かれるのはたいてい形の名前か、ブランド名と種類だけです。一方、海外の取引所では発表の年と季節まで書かれていることが珍しくありません。同じ一着が、場所によって違う呼ばれ方をしています。
ところが、機械的な一括査定にこの差は反映されません。誰の手によるものかを書く欄が、最初から用意されていないからです。選べるのはブランドと種類と状態だけで、その3つが同じなら、17年前の一着もこの3年の一着も同じ値になります。
状態の見方も同じです。革の上着は、少しの型崩れや擦れで値を大きく落とされることがあります。当店では、状態を理由に一律でお断りすることはしていません。
当店は査定して終わりではなく、引き取った品を自分たちの手で売り場に並べています。どこに出したときに、その一着がいちばん高く扱われたか。その実績を持っていることが、値付けの裏づけです。
この時期の品ならではの、よくあるご質問
2018年から2021年という新しさゆえに、ほかの年代の品とは違うご質問をいただきます。
- 数年前に買ったものでも、中古として値が付きますか付きます。この3年の品は、いま探されている時期のものです。新しさは不利になりません。
- 紙タグや保存袋が残っていないのですが無くて構いません。付属品が揃っていれば加点しますが、無いことを理由に減点することはありません。
- 鞄と服のどちらも見てもらえますかどちらも承ります。このブランドは鞄が中心ですが、この3年に限っては服にも需要があります。
- 金額に納得できなかったときはお返しします。キャンセルとなった場合の返送料も、当店が負担いたします。ただし、お品物の状態が事前にお伺いした内容と著しく異なる場合は、返送料をご負担いただくことがあります。
この記事では触れませんでしたが、彼が前にいたセリーヌ——フィービー・ファイロが手がけていた時期についても、いずれ別に書く予定です。この3年を理解するうえで、切り離せない話だからです。
買取の方法
福知山市・綾部市・舞鶴市・宮津市・与謝野町・丹波市(兵庫)へお伺いしています。日程は事前にご相談のうえ調整いたします。
お品物を運び出す必要がありません。衣類・バッグ・小物・美術品などが対象です(家具・家電は承っておりません)。
遠方の方は宅配買取をご利用ください。送料は当店が負担します。梱包材はお手数ですがお客様のほうでご用意をお願いしています。
いずれの場合も、まずはお写真をお送りいただければ、おおよその金額をお伝えできます。シャツ1枚、ニット1枚からでも構いません。「これは値段が付かないと言われた」というお品物こそ、一度ご相談ください。
その一着を、誰が作ったのか。きちんと見つけられますように。